近況、将棋、雑感など

10月初めに内定式があり会社から様々な資格取得を要求されることになった。会社の資格取得へのサポートが去年の内定先より手厚いのでそれは良い。義務的な諸資格に加えて、11月に簿記2級を、12月にTOEICを受けるし、大学の講義から課題やレポートも出るので、座学の面ではなんだかんだでやることは多い。最近は大学にいるか柔術をしているかファミレスで作業をしているか家でだらけているかの生活だ。ファミレスは勉強するもよし、柔術のことを考えるもよし、思索(そんな高尚なものではない)に耽るもよしということで俺の作業場と化しているので居心地が良い。

ちなみに柔道は9月下旬から小休止。いつ復帰するかは分からないが当面はブラジリアン柔術に集中すると熟慮の末に決断した。

10月に入ってから日常生活の中で自分のすべきこと&自分のやりたいことが明確になったので、2016年上半期の五里霧中状態からは一応脱することができた。しかし未だにPDCAサイクルのPの段階であるので、今考えるべきは行動と結果を出すことである。

註:大学卒業や資格試験勉強や柔術やトレーニングなど短期的な目標は据えたが、そういった小さな目標の連鎖の頂点にある、生きる目的といったような究極的な目的は未だ見つかっていない。

総合格闘家青木真也の「空気を読んではいけない」という本を偶然見かけて立ち読みした。青木選手は恐らくこっち側の人間(良い意味ではない)であり勝手に親近感が湧いたし刺激になりそうな言葉が多かったので買って手元に置きたいところだ。青木選手はアンチが非常に多い印象があるが、寝技技術はトップクラスであり才能がないことを割り切り努力と戦略で上を目指したことはやはり凡人とは違う。またブラジリアン柔術雑誌である柔術魂10を買おうかずっと迷っていて、柔術の練習帰りに本屋で頻繁に立ち読みをしているうちに全体に目を通してしまった。結局買っていないのだがCARPE DIEMの橋本知之選手のページは今でも気になっている。

oasisのアルバム「Be Here Now」のリマスター盤が10月12日発売ということで前日にamazonで注文し発売当日に届いた。歌詞&和訳カードが一番の収穫かもしれない。TOEIC680点の英語弱者としては自分の訳に自信がなかったため、「The Girl In The Dirty Shirt」「It's Gettin' Better (Man!!)」「The Fame」など個人的に好きだけどマイナー曲の正規訳を入手できたのは大きい。

10月になり急に肌寒くなってきた。このくらいの気温と天候だと音楽を聴きながらの徒歩が楽しくてずっと歩きたくなる。20代〜30代に書き上げた長渕の曲は寒い時期と相性が良いので、これから半年は長渕を感じていきたい。長渕剛の「逆流」という曲の冒頭に「僕がここを出て行くわけは誰もが僕の居場所を知っていたから やさしさを敵に回してでも生きてる証が欲しかった」という歌詞がある。出て行ったら行ったで「裸足のまんまで」にあるように「しがない街に生まれてやっとここまで辿り着き だけどのっけからこの様さ 心が寒くて死にそうだ」というどうしようもなさは俺にはとても分かる気がする。「裸足のまんまで」と「明け方までにはケリがつく」を無性に聞きたくなりアルバム「昭和」を最近手に入れた。

日本将棋連盟の三浦九段への竜王戦七番勝負出場停止処分とソフト使用疑惑。真相はわからないが、俺は三浦九段を勉強熱心で将棋に対して大真面目な棋士と認識していたのでこの疑惑が出たこと自体がかなり意外だった。橋本八段の例の発言などから、棋士の中では色々噂があったのかもしれない。竜王戦七番勝負には丸山九段が繰り上げ挑戦者として登場し1局目は予想通りの角換わりであったが、25手目の▲4五桂の局面で順位戦の渡辺三浦戦とほぼ同一局面を出現させたことに丸山九段の意図を感じた。

俺の将棋事情だが、将棋ウォーズの二つ目のアカウントを弐段に昇段させた。一つ目のアカウントを弐段にしたのは2014年の2月頃だったので2年半ぶりの弐段昇段である。参段昇段は真面目に努力しないと無理そうだ。将棋倶楽部24は6月頃にR1050辺りからR700まで落ちて指す気がなくなったのでそれ以来滅多に指さなかったのだが、最近10連勝して再び800台後半まで戻すことができたので再び指す回数は増えている。将棋歴も単純計算で3年半、実質2年ほど経つので、いい加減上級(5級〜1級)で安定したい。

思索でも勉強でも柔術のイメージトレーニングでも"頭を使い生産する活動"は寝起きから近ければ近い方がいい。寝起きは頭がクリアで元気だからだ。ウェイトトレーニングにおいても、体が元気な状態で大きい筋肉から鍛えた方が効率的なのと似ている(?)。疲労状態では何をしても効率が悪い。こう考えると寝起きの数時間にどれだけ集中力をもって生産性のある活動するかが重要になる。夕方以降は集中力の比較的必要のないルーティンワークをこなせればよい。

「我以外皆我師」という言葉を最近知った。人並み以上に「教わること」が好きな俺にすんなりと入ってくる言葉であった。塾講師のバイトをしていたときに中学生や高校生に趣味のことなどを―生徒を飽きさせないための意図的な雑談というよりも俺の単なる好奇心から―うざがられない程度に質問していたことを思い出す。自分は大丈夫であると信じているが、ともすれば年齢を重ねるごとに人格と思考は硬化していくので、この格言を頭の片隅でも置いておきたい。