深夜覚書2

  • 年齢を重ねるごとに「新しさを積極的に求めること」が重要になる。小学生や中学生の頃は受け身の状態でも常に新しいことがなにかしら降ってきたが、それ以降は徐々に自分で新しさを求めなければ見つけられない環境へと移行している。社会人になれば目先の義務に追われるので、より顕著になるだろう。
  • 行動力とそのスピード、更にそれらを支える自己管理能力を伸ばすこと。
  • 某企業との面接である社員が「思考は言葉によって作りだされ故に限界となる」というようなことを仰っていた。この発想自体は世に溢れているのでそこに感動はない。ただそこで、実業界に出ても実務以外をもカバーする豊富な語彙力をつけ、思考の高さと奥行きを広げる必要があると感じた。また俺は同社の最終面接で「自分は目標を設定しても最短距離でなく迂回して到達することにも意義を見出す性格です」と答えた。即物的・実利的・実務的な能力をつけるならばそれ以外の事物にも真剣に向き合うこと、つまり迂回が重要であると直感的に感じる。
  • 俺は、人生のテーマや大義、主義主張、社会で実現したいこと、語るべき夢などを持つことなくズルズルと年齢を重ねてきた。生きる意味など到底見出すこともなく、生きている状況と生きていない状況にさして差がないように感じる。そしてこの文章を書いてるときに以下の三島由紀夫氏の言葉が思い出された(自発のれる・られる)。

私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。

  • こんなことを言いつつ、俺は就職活動において一貫して「一つ何かが尖っているタイプでなく、バランス型・ゼネラリスト・オールラウンダーを目指す」と言い続けてきたし、心からそうなりたいと思い自らに問うてきた。「こんなこと」と冒頭に言ったが、上に書いたことを自身で全く恥じていない。むしろ人間として突如世に放り出された(≒生まれることを強いられた)のなら当然苦悩する命題だと考えている。社会に出たこともない餓鬼が頭でっかちに人生への苦悩遊びをするのはやや滑稽であるし、やはり俺はバランス型人間を目指すので、明日は外で帰り思い切り体を動かしてくる。