「三島由紀夫レター教室」

三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

三島由紀夫レター教室 (ちくま文庫)

9月27日読了。夏休み44冊目。2012年74冊目。

圧巻。
手紙と連想すると少なくとも僕には、相手に失礼にあたらず定型に倣って安全無害ではあるが退屈なものとしか感じられない。相手の些事なんかには興味がなく、貴重な時間を返してほしい気持ちになる。この本では年齢や性格や立場が異なる5人の手紙のやり取りだけで物語が構成され、罵倒しあいや裏切りや愛の告白等多彩な内容が盛り込まれているが、どれも相手に致命的な傷をつけることなくユーモアの限界に留まっている。手紙の受け手や個人の置かれた状況を考慮し、紡ぎだされた言葉や表現の微妙な色使いは退屈させない。面と向かって話していると相手の表情やちょっとした仕草から邪推や疑念が発生するが、一方で文字のみで構成された手紙はそのような懸念がなく文章技術だけがものを言う。登場人物各々はそのような手紙の特徴を存分に生かして、各自の利益を追求していて面白かった。三島由紀夫の文才が凄い。

手紙を書くときには、相手はまったくこちらに関心がない、という前提で書きはじめなければいけません。これが一番大切なところです。世の中を知る、ということは、他人は決して他人に深い関心を持ちえない、もし持ち得るとすれば自分の利害に絡んだ時だけだ、というニガいニガい哲学を、腹の底からよく知ることです。(P217、作者から読者への手紙)