「水中都市・デンドロカカリヤ」

水中都市・デンドロカカリヤ (新潮文庫)

水中都市・デンドロカカリヤ (新潮文庫)

またまた安部公房の短編集。
面白かった作品は「手」「闖入者(ちんにゅうしゃ)」。次点で「空中楼閣」。他の読者が言っているように「変形」が何かテーマらしきものなのであろう。


・デンドロカカリヤ
コモン君がデンドロカカリヤになるまでの話。植物になる人間はコモン君だけでなくこの世界では数多いる。コモン君は最終的に植物園で植物になることに妥協してしまう。その後、コモン君は不幸も幸福も取り除かれた存在に純化され、無機質に管理される側にまわされてしまったのだろう。コモン君という名前から、主人公は共有=人間一般といった風に抽象的な人物に落とし込むことできる。カフカの「変身」に似ているという学者が多い。しかし変形という点では同じだがテーマ性が異なるように思える。

「…略…現に植物になった沢山の人が、私のところで一番平穏に暮しています。」(P32)
「幸福だの不幸だのなんて、一体なんの役に立つんです。どうでもいいじゃありませんか。要するに、ますます純粋に、豊富に存在し続けるということが問題。…略…」(P33)

・手
戦時中の伝書鳩が、模型→像→鉄砲の弾に変形する話。それぞれの形態で飼い主であった「手」に関わる。「おれ」が「おれ」たりうる条件は形ではなくその精神性にある、ということか。この作品は凄いとしか言いようがない。

引金がひかれ、喜劇のエネルギーが爆発して、おれは一直線にトンネルをすべり出た。それは唯一の必然の道だった。おれは「手」に向かって真っすぐ走り、いくらかの肉と血をけずり取って、そのまま通りぬけ、街路樹の幹につきささってつぶされた。おれの背後で、「手」がうめき、倒れる音がした。そしておれは最後の変形を完了した。(P52-P53)

・飢えた皮膚
貧乏な男が薬物と「保護色」の論理を用いて富豪の女に復讐する話。夫人が薬物に嵌り財産を失うことで男の復讐は遂げられたはずだが…。

・詩人の生涯
老婆が糸となり、その糸からジャケツが出来上がる。ジャケツは息子の下へ辿りつき、季節は冬から春へ。タイトルから推測できるが、表現が豊富である。

ジャケツを買うことのできない貧しさが、彼らをジャケツで包む必要のある中味を持たぬほど貧しくさせてしまったのだ。
人は貧しさのために貧しくなる。(P88)

夢や魂や願望が結晶してできた雪が、普通の雪と違うのは、むしろ当然であったかもしれない。その結晶は見事なほど大きく、複雑で、また美しかった。(P90)

この見事なまでに大きく、複雑で、また美しい結晶は、貧しいものの忘れていた言葉ではないのか。(P97)

・空中楼閣
求職中で失業保険の期限の迫られた男が空中楼閣建設事務所という奇妙な求人に魅かれ、恰も採用された気になってしまう。男は採用を前提に行動するので余計に傍からみると狂人に見える。

・闖入者
恐い。見知らぬ一家が男のアパートに住みつき多数決の暴力を用いて男を酷使させる。男は知人やアパートの住人や弁護士に助けを求めるが誰からも救いの手を差し伸べられない。男はこの辛苦に耐え切れず最終的に死んでしまう。男の権利主張は全て「ファシスト」で放棄され「民主的」とされる多数決のみで事態が進んでいくが、そもそも勢力が不均衡・非対称なので民主主義の前提を満たしていない気がする。

・水中都市
父と名乗る男が突然現れその後魚になる。父であろう男が魚になると町中は水没して水中都市となり、魚と人間が入り混じった世界となる。正直ついていけなかった。

安部公房集買いたい。