「R62号の発明・鉛の卵」

R62号の発明・鉛の卵 (新潮文庫)

R62号の発明・鉛の卵 (新潮文庫)

安部公房、安定の面白さ。

・R62号の発明
機械技師が自殺を試みるとき、死体を事務所に譲り手数料をもらうアルバイトをしている学生と出会い、2人の交渉は成立する。機械技師は自身の死体を奉じてロボットにされ、R62号と名付けられる。R62号は生前クビにされた工場で雇われたが、R62号が発明した機械はコスト面とパフォーマンスのバランスを重視したもので、結果的に人間を酷使するものであった。R62号の生前にクビにした社長は遂に発明された機械に殺されてしまうが、ロボットと化し自由意思を失ったR62号に復讐の感情があったかは疑問に残る。

・パニック
前半部はなんとなく「無関係な死」に似ている。職を失った後見知らぬ男の誘いを受けパニック商事の就職試験を受けることに。K氏との面会がまず第一の条件であったが、泥酔後目を覚めるとK氏の死体とナイフと手についた血。生涯を棒にふることに恐怖を感じ、情緒不安定になりながらも殺人容疑を回避しようとする。数日間もの間、自主せず逃げ続けられたことでパニック商事の内定をもらうが、恐れや怒りを感じてその場を立ち去り、その後彼はパニック商事の関係者と思われる刑事によって逮捕される。
以下は印象に残ったパニック商事の社訓の一部抜粋。

犯罪者は、犯罪を生産するばかりではなく、また刑法を、刑法の授業を、さらにこの教授が自己の講義を商品として売るために必要な講義要項を生産する。高名なるロッシャ―教授もいうとおり、その教授が講義要項を書く個人的たのしみを無視するにしても、これは国富の増大に利するものである。犯罪者はさらにあらゆる裁判官、廷丁、刑事、刑吏、陪審員等々を生産する。これらすべての各職業は、それぞれ人間精神の各種能力を高め、新しい欲望とそれを満たす新しい方法を発明する。拷問だけでも、機械の発明をうながし、まじめな手工業者の一群をその生産に従事せしめた。犯罪者はまた、状況に応じ、道徳的、もしくは悲劇的な印象を生産し、大衆の美的感情のケイハツに奉仕する。犯罪者はかくて、単調な社会にたのしみをあたえ、芸術をも生産するのだ。犯罪者はまことに生産の発展にコウケンするものである。泥棒が錠前を発達させた。贋金作りが、お札を発達させた。詐欺が顕微鏡の需要をました。犯罪者は社会のために不可欠な要素である。(P70)

・犬
S氏と女房の犬との闘争について。犬の絵を「妻の顔」という名で出展されたことでS氏と女房は破局破局後はS氏と犬との闘争。馬鹿にしていた男が妻の失踪後に馬鹿にされる。

・死んだ娘が歌った…
貧困な家庭、勤めている工場で辛苦を味わった女性が自殺した話。自殺した女性が霊魂となって、家族や工場の様子を見る。

・盲腸
新学説の実験台となるため盲腸の羊のそれに移植して取りかえる男の話。身体の一部分を取りかえるだけで全身、ひいては精神状態や周囲の環境が変わる、というような話。

・棒
デパートの屋上である父親が子供の目の前で地上に落ちて、何の特徴もない、何にでも使える棒になる話。通りすがりの先生と学生に、棒になった人物は社会におけるつまらない何者でもない誰か、と評価される。このような匿名の棒は裁かれぬことで裁かれた。

「父ちゃん、父ちゃん、父ちゃん…」という叫び声が聞こえた。私の子供たちのようでもあったし、ちがうようでもあった。この雑沓の中の、何千という子供たちの中には、父親の名を叫んで呼ばなければならない子供がほかに何人いたって不思議ではない。(P179)

・人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち
人肉食用反対陳情団の代表が人肉食用反対の主張をするが、盲目・片腕・片足の三人の紳士たち(人肉肯定派=人肉を食べる側)による一見合理的に聞こえる理論に説き伏せられる。カニバリズムの論理。
三人の紳士たちの主張:

いいかい、私らが君たちを食用に供するのと同じように君たちはブタや牛を食べるね。しかし君たちだって生きているブタに食慾を感じたりすることはないだろう。むしろ、同じ生物としての愛情をさえ感じるはずだ。私らの君たちに対する愛情だって同じことなんだよ。(P186-187)

牛が草を食う。その牛を君たちが食う。そしてその君たちを私らが食う。ところでそのはじめの草は誰のものか?言うまでもなく私らのものだ。この大循環は自然の原理だろう。(P189-190)

我々人間は自然界の法則に則り他の生物の犠牲の上で生命を維持しているが、では何故人肉を食うことがこの論理に矛盾しているのか、という問いの答えを用意するのは確かに難しい。

・鍵
母を亡くした若者が、叔父を頼りにしようと家を訪れる。叔父は盲目の娘と女中と暮らしていたが女中は家から出ることを決意していた。

・耳の値段
六法全書厨の大学生2人が金をつくるために耳に保険をかけて、耳に削ぎ落とそうと試みる話。安部公房氏の名が出てくる。

「棒」「人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち」が面白かった。