「燃えつきた地図」

燃えつきた地図 (新潮文庫)

燃えつきた地図 (新潮文庫)

12月4日読了。2012年94冊目。

最初の300ページくらいまでは退屈だったが残りの100ページで急展開した。安部公房の作品の中では、現実的であり読みやすい作品だと思う。安部公房といえば短編が神がかっているが、長編もかなり面白い。安部公房自身が「小説はまだ意味に到達しないある実体を提供し、そこで読者はそれを体験するというもの」と述べているように、彼の作品は我々読者を無限な想像・意味に導く。


ある男が半年前に失踪し、その妻に依頼を受けた興信所の男は、数少ない情報から手がかりを掴んで男の行方をサーチしようと試みる。失踪した男と懇親で情報を数多く握るように見えた妻の弟、失踪した男の部下である田代などの証言や証拠から手がかりを得ようとするも二人とも他殺・自殺によって死亡する。そのうち失踪した男を追っているはずの興信所の男は、興信所を辞め都会の砂漠の中で記憶喪失に陥り、「失踪した彼」のように、赤の他人の中に没することになった。

ある一人の人間を構成する要素は複雑である。家族、世代、学校、会社など挙げればキリがない。しかしいずれにしても、ある人間が社会で認識されるためには、他人という存在に依存しなければならない。しかし我々が依存しているはずの他人は仮想の目的地に向かってひたすら黙って歩き続けていて、それ故に我々は立ち止まることに心理的な障壁を感じる。我々はみな省略された穴だらけの地図を携えてこの都会を歩き続ける。その意味において、一生か数時間かの違いでみな同じように失踪者なのかもしれない。

他人からの認知を避け、自分の身分を自分自身に対してすら証明できない道を、主人公の男は受け入れた。対して現代人は「本当の自分」探しに熱中しているが、そんなものは実は脆くて、他人の重要性を再発見する装置として機能しているのではないか。