「蜘蛛の糸」

蜘蛛の糸 (280円文庫)

蜘蛛の糸 (280円文庫)

9月16日読了。夏休み33冊目。

収録されているのは、「鼻」「芋粥」「蜘蛛の糸」「杜子春」「トロッコ」「蜜柑」「羅生門」の7編。このうち、「トロッコ」は中学生の時、「鼻」「羅生門」は高校生の時に国語で扱われていて、授業をほぼ聞いていなかった僕は先生に指された時のために斜め読みで目を通したことはあるが、当時は特に感想をもたなかった。しかし当時から4年も6年も経ってじっくり読み返してみると、彼の物語の展開の仕方と人物描写とに感銘を受けた。

梶井基次郎の「檸檬」のように物体の色彩が登場人物の心情を引っ張っていく「蜜柑」は僕の好みに合わなかったが、「鼻」「芋粥」「杜子春」「トロッコ」は面白かった。物語の筋や文体は他の大文学者と比較してさして非凡さを感じるほどではないが、先に言ったように、人物描写が非常に彩り豊かに叙述されているように感じた。

彼は、いっさいの不正を、不正として感じないほど、意気地のない、臆病な人間だったのである。(P22、芋粥)

五位は、芋粥を飲んでいる狐を眺めながら、ここへ来ない前の彼自身を、懐かしく、心の中でふり返った。それは、多くの侍たちに愚弄されている彼である。京童にさえ「何じゃ。この赤鼻めが」と、罵られている彼である。色のさめた水干に、指貫をつけて、飼主のないむく犬のように、朱雀大路をうろついて歩く、憐れむべき、孤独な彼である。しかし、同時にまた、芋粥に飽きたいという欲望を、ただ一人大事に守っていた、幸福な彼である。(P46、芋粥)