「密会」

密会 (新潮文庫)

密会 (新潮文庫)

8月28日読了。夏休み13冊目。

個人的に安部公房長編作品の中でも傑作だと感じた。
安部公房の作品の中でも特に読みにくかったので割と時間がかかった。状況や展開が複雑なので気を抜いて読み進めると混乱してしまう構成だった。やたら倒錯した性的な描写が多い。

覗き見の「箱男」と比較して「密会」は盗聴の作品と言われる。呼んでもいない救急車で運ばれた妻を捜し出すために病院に侵入した<ぼく>の行動は逐一盗聴器によって監視されている。そのうち<ぼく>は、副院長=馬から逃れ、溶骨症の13歳の少女を隠れ家で保護しながら妻を捜すという矛盾した立場に置かれる。

安部公房の作品の中では、追う者が追われる者になったり、見る者が見られる者になったり、立場の逆転を描くことが多いと一般的に言われる。例を挙げると、前者は新潮文庫「無関係な死・時の崖」に収録されている「誘惑者」、後者は「箱男」などがある。この作品も、行方不明になった妻を探している<ぼく>が行方不明に転じる、という構成がなんとなく見えてくる。

また平岡篤頼氏の解説より

妻は防衛的発情によって患者となり、この<病院=社会>で生き延びることを許されたが、ただひとり患者になりきれない話者<ぼく>の居場所はなくなる。(P251)

失踪宣言を受けるのは、失踪した妻ではなくて、逆に彼女の行方を追う<ぼく>となろう。(P251)

<ぼく>は誰も彼もが「病んでいる病院」で患者に転じることに屈服しないがために孤独に陥り、少女と身を滅ぼす運命になった。一方、妻はオルガスム記録を保持する<仮面女>として病院で生き抜く。

先ほど、やたら倒錯した性的描写が多いと言ったが、登場人物の大半は色情狂である。しかしこの<病院=社会>ではもはや倒錯という言葉も色情狂という言葉も妥当ではない。それがこの社会の標準だからである。<ぼく>は或る経緯を経て「警備主任」となり権力者となる。しかし健康人である<ぼく>にとって異常で病んでいる<病院=社会>の住人の前では権力も無に帰す。